ロードレースから車椅子マラソンへ―。
柔軟な対応力に助けられて
GENIUSのグローブで
楽しく競技する事ができています。
宇佐見保弘
宇佐見保弘
高橋さんと知り合って何年になるんだろう・・・オートバイレースでも車椅子になってからも、頭部を何回も強打してくも膜下出血や脳挫傷もしているからか、昭和何年の何月何日の何曜日に知り合ったかまでは忘れてしまったけれど、確かなのは知り合ってからもう何十年にもなると言うこと。
僕がアジア選手権の鈴鹿ラウンドで負傷して、車椅子生活になり、ある程度動ける様になってから、またスポーツがしたい!するんだったら風を感じられてスピード感も感じられる車いす陸上(レーサー)しかない!と、すぐに始めました。
トレーニングを始めて直ぐにぶち当たったのが、グローブの問題でした。
握力の全くない僕が、レーサーの車輪を回す為に、何より重要なのはグローブです。
ところが・・・当時は海外製のグローブしかなく、自分の手にピッタリ合うサイズもありませんでした。
どうしたら良いか・・・・・・・
気が付けば高橋さんに電話をしていました。
高橋さんは、すぐに「いいですよ~ 一緒に考えましょう!」と、それからお店に伺い打ち合わせ。
僕の口と身振り手振りでの下手くそな説明でも、さすが高橋さん!
長年の経験と知識で、細かく様々な所にまで気を配ってのアドバイス。
第一号のグローブが出来上がり、サポートして頂きました。
それからは、走るたびに車輪のリングを漕ぐゴムの位置調整、緩衝材の材質、厚みの変更、手首のバンド部分材質など幾度と無く細かい仕様変更をして頂き、一年経つ頃には大体今の形になり、本当に満足出来、充実した楽しい競技生活を支えて貰っています。
2020.11.15の大分国際マラソン出場の為にもニューグローブを作って頂いたのですが、ハーフマラソン中盤以降、気になっていた部分も解消されていました。
高橋さんは、競技車両に乗った事も無い。
その高橋さんがこの競技グローブを、何もない、ゼロの状態から創っていくという作業は、想像できないくらい大変だったと思います。
ですが、経験はなくても、これまでのレーシングスーツやレーシンググローブのノウハウと創造力、アイデアで、回を重ねるごとに素晴らしいグローブへと進化していきました。
そして何より、競技者に対して、愛情をもって物創りをしている、その思いに心打たれました。
これからも、細かい、コンマ何ミリという変更をお願いすると思いますが、末永くよろしくお願いします。
宇佐見 保弘 うさみ やすひろ
1966.03.24 大阪産まれの大阪育ち
16才から箕面の峠を走り、1986年20才で中山サーキットデビュー。1989年23才の時に本格的にレースを始める。RS250でシリーズフル参戦。全戦優勝でシリーズチャンピオン。翌年、1990年特別昇格にて国際A級ライセンス取得。その年にクレバーウルフレーシングよりF1にて8耐、全日本参戦。
1995年?ベガスポーツKMⅡでNK4及びNK1参戦。
GSF1200で8耐参戦。
2000年?2002年GSX-R600でST600参戦。全日本最高位岡山にて7位スズキ勢トップ。
2003年?エッチングファクトリーよりJSB1000でエリア選手権、全日本、8耐参戦。エリア選手権シリーズチャンピオン。全日本ポイント獲得。
8耐最高位は2009年 13位。
2013年にアジア選手権鈴鹿ラウンドST600決勝にて頚椎損傷。
2016年より車椅子陸上を始め、長野マラソン、釧路マラソン、篠山マラソン、大分マラソン、沖縄宜野湾マラソンなどに出場。
ハーフマラソン自己ベストタイムは1時間15分55秒。